新設:2019-01-23
更新:2022-11-13
河村瑞賢屋敷跡
撮影:2018-12-11
案内板 (中央区教育委員会案内板)
河村瑞賢(かわむらずいけん)屋敷跡
所在地 新川1丁目8番地域
江戸時代 この地域には幕府の御用商人として活躍していた河村瑞賢(1618~1699)の屋敷がありました。
瑞賢(瑞軒・随見とも書く)は 伊勢国の農家に生まれ 江戸に出て材木商人となりました。明暦3年(1657)の江戸大火の際には 木曽の木材を買い占めて財をなし その後も幕府や諸大名の土木建築を請負い莫大な資産を築きました。また その財力を基に海運や治水など多くの事業を行いました。
瑞賢の業績の中でもとくに重要なのは 奥州や出羽の幕領米を江戸へ廻漕する廻米航路を開拓して輸送経費・期間の削減に成功したことや 淀川をはじめとする諸川を修治して畿内の治水に尽力したことがあげられます。晩年にはその功績により旗本に列せられました。
斎藤月岑(さいとうげつしん)の『武江年表』によると 瑞賢は貞享年間(1684~1688)頃に南新堀1丁目(当該地域)に移り住み 屋敷は瓦葺の土蔵造りで 塩町(現在の新川1丁目23番地域)に入る南角から霊岸島半丁一円を占めていたと記されています。表門は今の永代通りに 裏門はかって新川1丁目7番・9番付近を流れていた新川に面し 日本橋川の河岸には土蔵4棟があり 広壮な屋敷を構えていたようです。
『御府内沿革図書』延宝年間(1673~1681)の霊岸島地図を見ると 瑞賢が開削したとされる堀割に新川が流れ その事業の一端を知ることができます。
平成15年3月
中央区教育委員会
補 足
河村瑞賢屋敷は 現在の新川大神宮(新川1-8-17)を含む中央区新川1丁目8番地域にあって 北東側は現在の永代通りに面し また 南西側は往時の新川に面していたという
河村瑞賢屋敷跡案内板は 新川1丁目交差点南角角のホテルヴィラフォンテーヌ(新川1-8-2)前歩道(本写真左側)に設置されている
参考Webサイト
『江戸・東京の川=中央区の川』(五) 中央区立京橋図書館「郷土室だより」
名所江戸百景 鎧の渡し 小網町 大江戸データベース 東京都立図書館サイト