新設:2019-01-23
更新:2022-11-13
新川大神宮
撮影:2018-12-11
案内板 (新川大神宮境内案内板)
新川大神宮再建由来誌
新川大神宮の由来は 伊勢内宮の社僧慶光院所蔵古文書「慶光院由緒」並に江戸名所図会に詳しい。
当宮は 慶光院周清上人が寛永2年(1625)徳川2代将軍から江戸代官町に屋敷を賜り 邸内に伊勢両宮の遙拝所を設けられたのに始まり 其後明暦3年(1657)江戸の大火で類焼したので この年替地を霊岸島に賜り社殿を造営 以来実に3百年を経た。
爾来当地は 河村瑞軒が隅田川に通ずる水路を開いて 舟揖の便に利するに至って新川と称し 当宮を中心として酒問屋櫛比し殷賑を極め 今日に至るまで酒類の一大市場となった。
当宮は 夙に当地産土神として庶民の崇敬を聚め 特に酒問屋の信仰篤く 毎年新酒が着くと これが初穂を神前に献じ 然る後 初めて販売に供した。
明治維新により幕府の庇護が絶えてからは 専ら酒問屋の守護神として崇敬厚く奉斎し来ったが 昭和20年(1945)3月9日の戦災に罹り 社殿を烏有に帰した。
その後 新川も戦災焦土で埋め旧態を失ったが 再び往時の繁栄を恢復しつつあるのは 全く当宮御神威の賜ものである。
偶々昭和27年(1952)が講和条約発効独立恢復の年に当る故を以って 酒問屋有志は深く当宮の御神徳を景仰し感激措く能わず 即ち社殿の再建を発起し 洽く協賛を全国同業者に求めて同年5月7日地鎮祭 9月5日上棟祭 10月17日竣工遷宮並に例大祭を執行 聊か神慮に応え奉り 敬神崇祖の微衷を捧げた次第である。
茲に当宮再建の由来を記し 同業協賛の美挙を載せて後世に伝えるものである。
昭和27年10月17日
案内板 (新川大神宮境内案内板)
奉献 清酒菰樽
江戸時代 新川は日本酒(清酒)の銘醸地である上方から江戸に移入される「下り酒」の問屋筋として栄えました。永禄2年(1625)にこの地に創建された新川大神宮は 酒問屋・酒造家の守護神として崇敬を集めています。
当時 江戸へは木樽に詰め 専用の樽廻船で輸送していましたが その際 樽の破損を防ぐ目的で菰を巻き付けたのが菰冠(菰樽)の始まりといわれています。そして 菰には他の銘柄と区別するために 各銘柄の特徴を表すデザインが施されました。
ここに積まれている菰樽(2斗樽=36L)は 永年に亘り新川神宮とご縁を結ばれている敬神会会員はじめ 全国各地の敬神の念篤き酒造家により献納されたものです。ご奉献頂いた方々に感謝申し上げますと共に 酒類業界を始めとした我が国の伝統的食文化を担う諸産業が益々栄えますことを祈念申し上げます。
補 足
新川大神宮の所在地は 中央区新川1-8-17
現在の新川大神宮は ビルに囲まれた小さな土地に鎮座するが 江戸名所絵図にも描かれているように 往時の境内はかなり広かったとのこと
参考Webサイト
新川大神宮 サイト
江戸名所図会「新川大神宮」 新川大神宮 サイト
『江戸名所図会1巻』より「新川酒問屋」 東京都立図書館サイト
江戸名所図会 巻之一 天枢之部 コマ92 新川大神宮 国会図書館デジタルコレクション