新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
縁起・沿革
本堂
山門
撮影:2018-04-14
名 称
曹洞宗 湘海山大雲寺
所在地
静岡県静岡市駿河区用宗城山町6-4
開 創
享禄2年(1529)と推定
宝暦10年(1760)の寺焼失のため不詳なるも、類焼を免れた享禄2年(1529)2月大兆和尚の勧進で作られた涅槃像から推定
本 尊
薬師如来
宝暦10年(1760)の寺焼失時に類焼を免れた
参考Webサイトほか
大雲寺の歴史 大雲寺サイト
鈴木かほる著「史料が語る 向井水軍とその周辺」新潮社刊 P.45
向井正重供養碑 (通称:マリア観音)
撮影:2018-04-14
観音堂「大悲閣」
観音堂の扁額「大悲閣」
昭和63年(1988)に 観音堂「大悲閣」を山門前に建立
観音堂「大悲閣」には、梅花観音および持舟城址のお堂に祀られていた大日如来像、向井正重供養碑などを安置している
向井正重供養碑は、向井正重の孫・向井忠勝6男(向井正興)が 向井正重の霊を祀って持舟城址に建立したもので、お堂は明治9年(1876)に建てられたが老朽化のため平成20年(2008)に解体されたという
向井正重供養碑の裏面には 碑建立の趣意が次のとおり刻され その拓本(白文)と読み下しが大雲寺観音堂「大悲閣」に掲げられている
白文
源姓仁木氏号向井其謂者應永四丁丑年二月朔日
自将軍 義持公仁木四郎長宗数度依武功伊賀国
向庄下賜故改向尾張守長宗同七代孫向井伊賀守
正重天正七己卯年九月十九日守此城戦死同四代
之孫向井兵庫助正興寛文五乙巳年九月十九日建之畢
読み下し
源姓仁木氏号は向井 其のいわれは応永4年(1937)2月1日
将軍(足利)義持公より 仁木四郎長宗が数度の武功により 伊賀国
向庄を下賜されたことを故に 姓を向(むかい)と改めた 尾張守長宗孫7代向井伊賀守
正重が天守7年(1579)9月19日 この城を守り戦死 同孫4代
向井兵庫助正興が寛文5年(1665)9月19日に この碑を建ておえた
補足
向井正重供養碑は通称マリア観音と呼ばれてきたが 建立者の向井正興はじめ向井氏はクリスチャンではないので「マリア観音」と呼ぶのは誤りである
姓の「向」を「向井」とする表記は 向井正重の嫡男・向井政(正)綱の時からという
参考文献
鈴木かほる著「史料が語る 向井水軍とその周辺」
写真提供:大雲寺
大日如来像
左奥:大日如来像 右奥:向井正重供養碑
向井正重供養碑